天才トランペット奏者と言われる方の心理学

セルゲイナカリャコフさんは9歳で初めてトランペットを握り、その後3ヶ月で循環呼吸をマスターし、さらに1年後の10歳の時にはオーケストラと共演するほどになったそうです。

昔から私は考えても仕方の無い事をぼんやり考えたりするのですが、このような「天才」と「私」のどこが違うのか?

天才と言われる方とこのような話をしたことが無いので残念ながら自分の体験でしか語れないのですがそんな事を考えてみた事など今日は少しお話したいと思います。

上手になる方はトランペットを握った瞬間から早い速度で進化し始めます。
私は進歩が遅い上にあるレベルで上達がピタリと止まりました。

上手な方と私の違いは何でしょうか。

私は楽譜や音に対する考え方の違いではないか?と考えた事があります。

もう少し詳しく言うと、楽譜の中の音符に対する考え方ですね。
皆さんは楽譜を見ながら演奏する時に頭の中で何を考えているかを考えた事はありますか?

下手だった頃の私は指使いと息の入れ加減を考えていました。

では上手な方は演奏中に何を考えているのか?

「イメージ」

ではないか?と私は考えています。

音符は音のイメージの道しるべ・・・でしかない。
そこには高いも低いも早いも遅いも無いんですね。

だからその音が「出せる」とか「出せない」とか「指が回る」とか「回らない」とか跳躍で「飛べる」とか「飛べない」などとは考えていないと思います。

まして上のソだとかhighB♭が「音が高い」とか「出すのが大変」などとは一切考えていないと思います。ただ単純に楽譜に記されている音符から生まれるイメージを体とトランペットを使って表現しようとしているだけではないかと感じています。

通常の初心者は「その音をどうやって出すか」と思いながら吹くのかもしれませんが天才はひたすら頭の中のイメージを再現しようとしているだけなのかもしれません。

上手になってからその辺に気が付く方も多いかもしれませんが、世間で「天才」と言われる方は最初からそのように考えているのではないか?と私は思うのです。

では「イメージ」って何でしょうか?どのようなものでしょうか?

これが解かりません。

「暗算の達人」っていますよね。以前テレビ番組に出演したその方が言うには「暗算をしているときは頭の中でそろばんの球が動いているイメージが浮かんでいます」と答えていたのが印象的でした。

ナカリャコフさんはトランペットを吹く前はピアニストを目指していたようですのでもしかしたら演奏時はピアノを弾いているようなイメージなのかもしれませんね。

そういえば今この記事を書きながら気が付いたのですが、パソコンのキーボード操作も「アノ指を使ってアソコにあるあのキーを押して・・・」などとは考えて打っていません。指が自然に動いているんですね。

チョット大事だと思うので具体的に言うと・・・
私はパソコンのキーボード入力をローマ字入力にしています。つまり「あ・い・う・え・お」は「a i u e o」と1個のキーで済みますが、か行以降は「ka ki ku ke ko」とキーを2つ押さなければいけません。
もちろん最初はとても大変で遅かったのですが何年も毎日使用しているうちに「か」を「kとaを押して・・・」などとは全く考えずにほぼ反射的に操作しています。

頭の中に文字をイメージしてうっているわけではありません。
こうして考えると私がキーボードを打つのはおしゃべりするのと同じなんですね。朝、友人と会ったときに「おはよう!」って言う時に頭の中で「お・は・よ・う」とイメージするでしょうか?しませんよね。一文字ずつはイメージしなくても「おはよう」という文字列全体を何がしかのイメージを持ってほぼ無意識のうちに口から発しているのだと思います。

トランペットの場合は「文字列」を「フレーズ」と言い換えるとピンときますね。

パソコンは両手で26個のローマ字キーを操作しますがトランペットは片手で3本のバルブを使用して8通りのフィンガリングを覚えるだけで全ての音を表現できるのですからパソコンのようにほぼ感覚だけで、反射的に、自分でも知らないうちに正しい指使いになっている!という状態になるのは非常に容易に感じます。

そうすればあと考えるのはメロディーと息使いだけ!

とまぁ~そんなに上手くいくはずもありませんが、通常は練習によってそのように上手になるはずなんですが、なかなか上手くなれない方は例えば先ほどのパソコンのキーボード操作に例えると「いつまで経っても指一本で一つ一つのキーを探して、狙って打っているような練習をしているのではないか」と考えるわけです。

つまり「上のミだから0だな」とか「ファは1だな」と考えているようではダメなわけです。フィンガリングなどというものは無意識のうちにそうなっている!という状態で音のイメージだけが頭の中に浮かんでいる・・・という状態になればナカリャコフさんのようになれるのでしょう^^;

以前のメルマガであなたに「もっと音楽だけを考えて」とか「暗譜すべきですよ」と申し上げたのはこのような理由からなんですね。

話は変わりますが皆さんはおしゃべりは普通に出来ますよね?日本語で。

あなたはなぜ日本語でおしゃべりするのが上手になったのでしょう?

それは小さい時からお父さんやお母さんが日本語でおしゃべりしていますから自然に覚えたんでしょうね。

では英語はどうでしょうか?

学校で1週間に数時間、今は毎日1時間あるのでしょうか。まァ~そのくらいでしょう。
ほぼ毎日何年も勉強していますよね。英語でおしゃべりできるようになりましたか?

NO!!っと答える方がほとんどでしょう。なぜ何年も勉強しているのに話せないんでしょうね。
その答えは色々あると思いますが「普段の生活の中で自分の意思を英語で相手に伝えたり外国人の意思を聞こうとする機会がないから」だと思います。

英語圏の国へ海外旅行に行った経験のある方は解かると思いますが、1週間も海外にいると買い物の時などどうしても英語で話しかけて、英語の返事を聞かなければいけない時がままあるものです。その時はそれこそ少ない英語の知識と単語をフルに使用して必死に話し、しっかり聞こうとします。するとたった1週間程度でも結構話せるようになっちゃったりするものなんですね。しかも解からない事はスグに調べますしスグに身に付きます。ま、帰国しちゃうとまた忘れますが・・・(^^ゞ

トランペットでも全く同じ事が言えると思うんです。つまり表現しようとしなくちゃダメだ!表現するべき!!

飛行機で海外の空港へ降り立った時のようにトランペットを構えた瞬間、あなたは音楽の世界へ降り立つ事になるのです。

音楽の世界ではあなたの頭の中にある音楽のイメージをトランペットで表現しようと努力しなければいけない!という事。

お手本となる演奏者がどのように表現しているかよく聞き、同じように表現できるように努力する。
毎日毎日何がしかトランペットで表現しようとすべき。

海外に住んでても毎日部屋の中に閉じこもって英語の参考書を読んでいたり通訳の人と一緒にいるようでは英語はいつまで経っても話せないでしょう。

トランペットだって一人で毎日ロングトーンとリップスラーといった練習ばかりでは上達できないかもしれません。

たとえ下手でも、多くの楽曲を自分なりに出来る限り音楽的に演奏してみる必要があるのかもしれません。

パソコンは文字を表現するために指を動かす。
自分の意思を伝えるために言葉を発する。
トランペットはイメージ(音楽)を表現するために吹く。

こんな風に考えると昨日と同じ練習も全然違うものになる!・・・と思いませんか?

 

■編集後記

先日の夕食後、妻とケンカしました。

原因は子供の運動会。

私が「今度の運動会、俺も行った方がいいのかなァ~」と言ったら妻が急に激怒して「何言っているのよ!前から運動会だから来ないとダメだよっ!!って言ってたじゃないっ!!」

2週間前くらいから妻が「20日は運動会なのよ~」と言っているのは気が付いていました。が、妻からは「あなたも運動会に来なきゃダメよ」とは一度も言われてはいませんでした。

ま、妻はちゃんと言ってたつ・も・りだったのでしょう。

妻的には子供の運動会は両親そろって行くもの!という先入観があるようですが私自身の少年時代は両親揃って来る!なんてことは珍しい事でしたので・・・まァ~それ以外にも何か面白くない事でもあったのでしょう。

自分的に当たり前の事が他の方の当たり前!とは限らないものです。その人だけの常識を振りかざして非難され、押し付けられるほど不愉快な事はありません。だいいち「常識」などというものはその時代やそれぞれの世界、地域、年代などによって違ってくるものなんですから。

世の中の人と接する時は相手の立場に立ち、相手の言う事をよく聞く!出来る限り正確に話し、決して頭ごなしに怒らない。

そんな当たり前の事の大切さをしみじみと感じた少し蒸し暑い秋の夜の出来事でした・・・

あっ!次の日の夕方には仲直りしましたよ。
二人ともケンカは翌々日以降まで持ち越さない主義なんです。

どうやって?

「ただいまァ~」「おかえり~」

コレだけです。