聞いている人が感動する演奏って何だろう大切なのは吹き方ではなく音楽

聞いている人が感動する演奏って何だろう大切なのは吹き方ではなく音楽

突然ですが音楽って何でしょうね。人はなぜ素晴らしい音楽を聴くと感動するのでしょうか。
いや・・・感動する音楽って・・・いや違うな、音楽で人を感動させるにはどうすればいいのか

またまた始まりました私のワケのわからない呟きが(-_-)

楽譜通りに、音楽のルールにのっとって演奏すれば聞いている人を感動させられるでしょうか?

いい音を出せれば聞いている人は感動するでしょうか?

演奏の正確さや音色の美しさ、更には大きな音や余裕で出る高い音は感動する要素の一部でありますが全部ではありません。

なぜそのように言えるのかと言えば、正確ではなく美しくもなく大きな音でもなく余裕の高い音でもないのに感動する演奏を知っているからです。

今更ですが音符や各種記号ってただの「目安」であってそれらだけでその音楽全てを表現できているわけではないんですね。

私は過去のメルマガで「トランペットを吹く才能のない人はいない」「音楽性のない人はいない」と言ってきましたけど“音楽性”に関して言うと“他の人よりも強い音楽性を持つ方はいるかもしれない”って感じます。

イヤ待てよ?・・・音楽性って何だろう・・・

さて・・・これは私の考えですが、音楽の「ビジョン」を「強く」持っている!

という事だかなぁ。

例えば一つの楽曲を演奏する時、強烈に「~な風に吹こう!吹きたい!」という強烈な理想を持っている!それこそが「音楽性!」と言えないでしょうか。

そのようなものが無く、音符をなぞるだけの演奏はたとえノーミスでも果たしてどれくらいの方が「感動」を覚えるでしょうか。

ミスノートだらけでも世界中の人を熱狂させるマイルス・デイビスさんのような方もいます。

「技術」と「音楽性」を天秤にかけた場合どちらが重いかは言わずしても解かるでしょう。

多くの先生方は音楽的に演奏させることによって演奏技術が上達することを期待します。

つまり技術ばかり磨こうとしても音楽性は上がらない。音楽性を磨くことで技術の向上を図ることが出来る。

なかなか楽器を鳴らせないとどうしても「口のあそこをこうしてああしてお腹は・・・」というふうにばかり考えてしまいますがそれではいけない。

何かこう~強烈な理想を持って練習しなきゃいけないんじゃないでしょうか。

「それは解かっているよ。でも、昨日出たいい音が今日出ないんですよ。確か昨日は口のあそこをあんなふうにしていたけど今日はあまり気を付けていなかったから・・・だから今日は口のあそこを気をつけて吹きたいんですよ」

こんな感じではたぶん・・・ダメじゃないですか?

一回なぜトランペットを吹こうと思ったのか、トランペットでどんなことをしようと思ったのか、どんなジャンル、どんなプロのように吹きたいと思ったのか。考えてみてはどうですか?

そこで出てきた答えがあなたのトランペットに関する「根」です。

その「根」を発展させてみてください。

例えばもともとセルゲイナカリャコフさんに憧れてトランペットを始めたとしたら、ナカリャコフさんのCDを聞き、彼の演奏している曲で自分でも出来そうな曲の楽譜を手に入れてナカリャコフさんと全く同じように「吹けるように!」練習してみてください。

あなたの理想がナカリャコフさんの音楽だとすればそれが練習時の強烈なイメージ(あなたの音楽性)になるでしょう。

当然ながら最初は全くと言っていいほど出来ないでしょう。しかし毎日何かの折に練習するのです。

毎日毎日そのように練習していると段々色んな事がわかってきます。そして段々できるようになります。必ず。

そうして積み重ねていくうちに今度は段々あなた独自の音楽性というものが現れてくると思います。

もうその頃になると吹き方がど~たらこ~たらとは言わなくなっているでしょうね。

 

■編集後記

最近サイト内に動画を入れました。

ここで演奏している方は全身で、はちきれんばかりに溢れてくる音楽をキーボードとトランペット、時には体を使って一人で演奏して表現しています。

しかし、もしかしたら2つの楽器と自分の体を使っても足りない!と本人は感じているかもしれません。

トランペットの演奏は荒削りですがアンブッシュアはちゃんとできています。

アンブッシュアが解かれば胡坐(あぐら)をかいていても寝ていてもちゃんとトランペットを吹くことはできます。

動画を見て何か感じませんか?

本当は、本当に大事な事。

 

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